シンガーソングライターの広瀬香美(ひろせ こうみ)さん。最近では、歌ってみた動画や代表曲「ロマンスの神様」でTikTok2022上半期トレンド大賞を受賞したことで、若い世代からも多くの支持を集めています!
今回は、そんな広瀬香美さんの
- 本名・年齢・出身・身長・大学などプロフィール
- 歌上手い経歴
- 若い頃と現在の画像
について調べてまとめてみました!
【広瀬香美】本名・年齢・出身・身長・大学などプロフィール紹介!
- 本名:米光麻美(よねみつ まみ) ※現在は石井麻美(いしい まみ)
- 誕生日:1966年4月12日
- 年齢:58歳
- 出身:福岡県筑紫野市
- 身長:165cm
- 血液型:O型
- 大学:国立音楽大学音楽学部作曲学科 卒業
広瀬香美さんの
- もともとの本名は「米光麻美(よねみつ まみ)」
ですが、大沢たかおさんとの離婚後、アメリカ人の旦那さんと結婚されていて、
- 現在の本名は「石井麻美(いしい まみ)」
であることが判明しています。芸名”広瀬香美”については、
- ギタリストの平野T.J.ヨーイチさんが命名者
で、平野さん曰く、
- 芸名の由来は、自身の恩師の名字と友人の下の名前を合わせた
とのこと。広瀬香美さんはそのまま本名で活動していると思っていた方も多いと思うので、まさか芸名だったとは少し意外な事実ですよね!
- 現在の年齢は58歳
の広瀬香美さんですが、年齢を感じさせないビジュアルとパフォーマンスには度々驚きの声が上がっています。
- 出身は福岡県筑紫野市
ですが、正確には、
- 和歌山県那智勝浦町生まれ→6歳まで大阪府門真市で過ごす→小学校に上がるタイミングで福岡県筑紫野市に移住
とのことで、生まれてからしばらくは関西のほうで過ごされていたようですね。
- 身長は165cm
と、日本人女性の平均身長約158cmより7cm高い広瀬香美さん。実は高身長でスタイルも良い方なんですね!
そんな広瀬香美さんの学歴は、
- 福岡女学院中学校・高等学校(音楽科)卒業
- 国立音楽大学音楽学部作曲学科 卒業
とのことで、学生時代から本格的に音楽の道を歩んでこられていることが分かります。ちなみに、国立音楽大学の出身者といえば、
- 久石譲
- 武部聡志
- 秋川雅史
- akko(MY LITTLE LOVER)
- 加藤綾子
など多くの有名人がいることから、広瀬香美さんの実力の高さを改めて感じますね。
【広瀬香美】歌上手い!気になる経歴は?
広瀬香美さんは、
- 3歳からクラシック音楽の英才教育を受ける
- 4歳からピアノを習い始める
- 5歳から和声学などクラシック音楽の作曲法を習い始める
- 6歳で作曲を始め、タイトル「パパとママ」という第1号作品が完成
と、幼少期から音楽の英才教育を受けてこられたそうです。さらに、
- 初めて買ったレコードはバッハの「マタイ受難曲」
で、作曲法を学ぶために夕食中にまで聴き続けていたとのこと。広瀬香美さん自身、
- 「小・中学時代が作曲家人生で絶好調な時期だった」
という風に語っている通り、歌手として有名になって以降の広瀬香美さんの楽曲の中には
- 子供時代に作ったメロディを使ったものが多い
とのことで、そうした背景を知ると、広瀬香美さんの凄さを改めて感じますよね。
- 中学・高校時代は通学中によく作曲していた
そうで、
- 「ロマンスの神様」のサビ以外の部分は西鉄井尻駅前バス停で
- 「愛があれば大丈夫」のサビは井尻六ツ角交差点の歩道橋の上で
作られたというから本当に驚きですよね!学校での勉強に加え、東京の音大を目指していたため、
- 2週間に1回は飛行機で東京のレッスンに通っていた
とのことなので、多忙な学生時代を過ごしていたことがうかがえます。
前述の通り、高校卒業後は国立音楽大学音楽学部作曲学科に進学した広瀬香美さん。しかし、
- 学科内での成績が悪かった
ため、
- 講師から「作曲家になることは無理」と言われた
こともあったそう。そうした中、気分転換に高校時代の友人に会うためロサンゼルスを訪れた際に観た
- マイケル・ジャクソンやマドンナのライブ
をきっかけにポップミュージックに目覚め、
- 「自分が生み出したクラシックの楽曲を編曲して、マイケル・ジャクソンに楽曲提供したい」
という夢が生まれたことでポップミュージックの勉強を開始することに。これが大きな転機となり、大学に通いながら、ロサンゼルスにて
- マイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス、ホイットニー・ヒューストンのヴォイストレーナーであるセス・リッグスに師事
し、
- 大学卒業後もロサンゼルスでトレーニングを受けながら作曲家を目指していた
とのことです。そして、トレーニング修了後、
- アメリカ滞在中に作成した自作のデモ音源が各レコード会社からの争奪戦
となった中、
- 当時のビクター音楽産業(現・ビクターエンタテインメント)からシンガーソングライターとしてのデビューが決定
し、
- 1992年7月 1stアルバム『Bingo!』でメジャーデビュー
を果たした広瀬香美さん。同年
- 1992年12月には1stシングル「愛があれば大丈夫」をリリース
したものの、2ndシングル「二人のBirthday」はオリコンチャート圏外であったことから、以降の新曲リリースについて所属事務所とレコード会社は乗り気ではなかったそう。そこで、
- スキー用品店「アルペン」が費用を折半して制作に着手
することが決定し、アルペンのCMソングとして
- 1993年12月1日にリリースされた3rdシングル「ロマンスの神様」がオリコンチャートで約175万枚の大ヒット
となり、瞬く間に知名度を上げることに。以降のCMタイアップの9割をアルペンが占め、タイアップ効果もある中で、
- 「幸せをつかみたい」
- 「ゲレンデがとけるほど恋したい」
- 「promise」
など多くのヒット曲が誕生しました。
デビュー以降、現在に至るまで実力派アーティストとして活躍されている広瀬香美さん。自身の歌手活動以外にも、
- 他アーティストへの楽曲提供
も行い、最近では
- 自身のYouTubeチャンネル上の「広瀬香美の○○歌ってみた」シリーズで米津玄師やあいみょんらの楽曲をアレンジして歌う
- TikTokでの「ロマンスの神様」振り付け投稿など関連動画再生数が16億回を突破し、
「TikTok2022上半期トレンド」大賞を受賞 - 歌姫発掘オーディション番組『「歌姫ファイトクラブ!!」心技体でSINGして!』の開催
などといった活躍ぶりから、若い世代からの支持も集めています!
広瀬香美さんといえば、
- 歌が上手い
と言われていますが、上記から分かるように、
- 幼少期から音楽の英才教育を受けていた
- もともとは作曲家志望だった
- セス・リッグスのヴォイストレーニングを受けていた
という異例の経歴からも、
- ずば抜けた音楽センス
の持ち主であることがよく分かりますよね。加えて、現在の広瀬香美さんは、
- 全盛期の自分と比較されていることを常に感じている
そうで、
- 毎朝4時に起きてヴォイストレーニングと筋トレをしている
との情報もありました。こうしたストイックさも保っているからこそ、歌の上手さも衰えることがないのでしょうね!
デビューから30年以上経過した現在でも、幅広い世代から注目を集めている広瀬香美さん。枠を決めず新しいことにもチャレンジし続ける姿勢にはやはり親近感が湧きますよね!
【広瀬香美】若い頃と現在の画像を集めてみた!
現在でも若い頃と変わらず若い!と言われている広瀬香美さん。パワフルなパフォーマンスだけでなく、そのビジュアルも注目されているようです。ここでは、若い頃と現在の広瀬香美さんの画像を集めてみました!
若い頃の画像
デビュー時の年齢は26歳だった広瀬香美さん。メイクも現在とは違っていて、やはり若々しさを感じますね!
現在の画像
50歳を超えているとは思えないぐらい、現在も若く見えることが分かります!肌もキレイですし、年齢を感じさせない魅力がありますね!!
まとめ
今回は、広瀬香美さんの
- 本名・年齢・出身・身長・大学などプロフィール
- 歌上手い経歴
- 若い頃と現在の画像
についてご紹介しました!
- 本名:米光麻美(よねみつ まみ) ※現在は石井麻美(いしい まみ)
- 誕生日:1966年4月12日
- 年齢:58歳
- 出身:福岡県筑紫野市
- 身長:165cm
- 血液型:O型
- 大学:国立音楽大学音楽学部作曲学科 卒業
- 3歳からクラシック音楽の英才教育を受ける
- 4歳からピアノを習い始める
- 5歳から和声学などクラシック音楽の作曲法を習い始める
- 6歳で作曲を始め、タイトル「パパとママ」という第1号作品が完成
- 中学・高校時代は通学中によく作曲していた
- 「ロマンスの神様」のサビ以外の部分は西鉄井尻駅前バス停で作られた
- 「愛があれば大丈夫」のサビは井尻六ツ角交差点の歩道橋の上で作られた
- 高校時代は2週間に1回飛行機で東京のレッスンに通っていた
- 国立音楽大学音楽学部作曲学科に進学後、学科内での成績が悪かったため、講師から「作曲家になることは無理」と言われた
- 大学時代、高校時代の友人に会うためロサンゼルスを訪れた際に観たマイケル・ジャクソンやマドンナのライブをきっかけにポップミュージックに目覚める
- 大学に通いながら、ロサンゼルスにてマイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス、ホイットニー・ヒューストンのヴォイストレーナーであるセス・リッグスに師事し、大学卒業後もロサンゼルスでトレーニングを受けながら作曲家を目指していた
- トレーニング修了後、アメリカ滞在中に作成した自作のデモ音源が各レコード会社からの争奪戦となった中、当時のビクター音楽産業(現・ビクターエンタテインメント)からシンガーソングライターとしてのデビューが決定
- 1992年7月 1stアルバム『Bingo!』でメジャーデビュー
- 1992年12月 1stシングル「愛があれば大丈夫」をリリース
- 1993年12月1日にリリースされた3rdシングル「ロマンスの神様」がオリコンチャートで約175万枚の大ヒット
- アルペンとのタイアップ効果もあり、「幸せをつかみたい」「ゲレンデがとけるほど恋したい」「promise」などのヒット曲が誕生
- 自身の歌手活動の他、他アーティストへの楽曲提供も行う
- 最近では以下のような活躍ぶりから、若い世代からも支持を集めている
- 自身のYouTubeチャンネル上の「広瀬香美の○○歌ってみた」シリーズで米津玄師やあいみょんらの楽曲をアレンジして歌う
- TikTokでの「ロマンスの神様」振り付け投稿など関連動画再生数が16億回を突破し、「TikTok2022上半期トレンド」大賞を受賞
- 歌姫発掘オーディション番組『「歌姫ファイトクラブ!!」心技体でSINGして!』の開催
色褪せることのない数々の名曲とともに、デビューから30年以上経った現在も活躍を続けている広瀬香美さん。経歴やプロフィールを詳しく知ると、その理由がよく分かりましたね!これからも応援していきましょう!!
最後までお読みいただき、ありがとうございました♪